![]() イスタンブール(トルコ)タクシム広場での祝テケルメーデー 〜官僚主義と闘うトルコの労働組合〜 発信:ITF(国際運輸労連) 浦田誠 |
今日は5月1日で、私たちはトルコ・イスタンブールで6センター共催の統一メーデーに招かれていた。3ヶ所からデモ行進で、タクシム広場に入場する。参加者総数は、20万人強。大幹部たちは会場付近からデモに合流したのだが、私が挨拶してもA委員長は表情が固いのだ。行進も最前列に立たない。昨年はもっと威勢が良かったのに、どうしたのか。メインステージわきにも短時間いたが、他の単産幹部に挨拶するとそそくさと会場を後にした。彼が去るのを見届けながら、一人が「テケル」と呟いた。 ところで、ここタクシム広場は、トルコ労働運動史で特別な意味合いがある。1977年の祭典に何者かが発砲し、大パニックの末33人が死亡し、以後使用が禁止されてきた。狙撃犯は決して捕まることはなかったが、極右の過激派に秘密警察が手を貸した事件と今日では認識されている。その3年後には軍事クーデタが起きている。 タクシム広場の使用を巡っては、毎年のようにメーデー参加者の一部と警察が激しく衝突したという。2年前は生々しい弾圧のシーンが<ネットを通じて即日世界を駆け巡った。これを転機に、「メーデー再祝日化」をトルコ政府に求める圧力が、国際的に高まった。私の団体も賛同して、ネットキャンペーンを興した。こうして4月末には、メーデーが再び祭日と法制化されたが、タクシム広場は開放されず、一定数の参加者が献花する形で妥協が図られた。 民間センターは早々と別会場を設置。他の2センターはタクシム入場に固執し、「分裂メーデー」となった。私は、加盟組合のT労組と一緒に献花した後、タクシムから移動してデモに参加したのだが、「来年こそは全組織が統一して開催すべき」とブログに書いた。それを誰かが読んだとは思えないのだが、今年は6センター共催の方針を最後まで貫いた。 こうして、歴史的な式典が始まり、広場は人・人・人で埋まる。大音響の音楽。司会の男女が絶叫して、参加者を盛り上げる。労働歌の大合唱で会場が一体となっていく。そして、その事件が起きた。 三大労働団体の代表あいさつで、民間センターのK委員長が壇上に立つと、凄まじいブーイングの嵐が起きた。それが止まない。スピーチも始まらない(後読した新聞報道では、物が投げつけられていたという)。そして、高さ2メートルのフェンスに乗り上がり、ステージとの間の溝を飛び越え、演壇に突撃する参加者が一人、二人と現れた。その数があっという間に増える。警備の労組員らともみ合いが起き、身の危険を感じたK委員長とお付きの一群は、文字通り脱兎の如くステージを駆け下り、追っ手を振り払い、会場裏手のビルに逃げ込んだ。途中、頑丈なフェンスを突き破っている。一体どうするとこういう力が発揮されるのか。よほど必死だったのだろう。 この事件を受けて、壇上は大混乱。乱入した連中と主催者側の数十人がああでもない、こうでもないと大論争を展開している。私はこれで初のタクシムメーデーは流会かと内心思った。しかし、30分もするとパチパチと拍手が湧き、ステージは落ち着きを取り戻し、再び式典が始まった。民間センターの挨拶抜きで続けるという合意が形成されたのだろう。 背景には、「テケル大闘争」がある。要約すれば、タバコ産業の民営化に伴い進出した英多国籍企業が、タバコ会社・テケルの1万2千人を解雇すると決めた。これに抗議する労働者4千人が首都アンカラに結集し、労組センター前に立ち上げたテント村に篭城して、約2ヶ月のあいだ抗議行動を展開した。世論も同情的で内外から支援の輪が広がり、「毎日5回メッカに向かってお祈りしていた労働者が一日5回社会主義を口にする運動」が誕生した。これをK委員長のナショナルセンターは見捨てたという見方が一般的である。 テケル労働者を組織するTG労組は、同センターの有力単産で書記長を輩出していたが、この闘争中に辞任している。私は偶然この時期にトルコを訪れ、テケル闘争村でも連帯の挨拶をしたが、「あのどうしょうもない労組センター」と何度も聞かされた。私は「地道に改革していくしかなのではないか」と答えていたが、今回の実力行使はこの問題がずっと根深いことを示している。 この闘いを直接的な契機として、いまトルコの労働運動には二つの潮流が生まれつつある。その割り振りは極めて単純で、闘う組合と闘わない組合。あるいは、官僚的な組合とそれを克服しようとしている組合。メーデー会場の大混乱から「敵前逃亡」したA委員長のD労組は、一週間前のある国際会議で平然と言い放った。「未組織の組織化などしたら、解雇されたり対策が大変なので、うちはやりません」。同時に世界銀行の構造改革計画などを通じて、職場がどんどん変わろうとしているが、何もしない。大幹部の政治的なコネでどうにかしようとしているのか。テケル大闘争の爆発が、こうした従来の保守的で官僚主義な組織を揺さぶっている。 私が2年ほど付き合っているT労組は、その対極にあるような組合で、アンカラで幹部がでっち上げ逮捕された事件や多国籍企業やその下請け会社に大量解雇された労働者の闘いを、国際連帯行動も活用して勝利に導くなど、原則的で真面目だ。彼らは、他の労組センターの姿勢についても、官僚的な体質には手厳しく、従来の枠組みを超えた連携ができないか模索している。 専従者になるとなんで給与が3〜4倍になるのかと批判的で、自分たちの基本給は現場と変わりない。前支部長などが、一般組合員として引き続き運動に加わっている。一つの争議では、下請け会社の一つと労働協約を結ぶまでに至った。 |
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| こうした私たちの運動が、ある姉妹組織から注目されるようになった。先方も似たような課題をトルコで抱えているのだ。こういう国際労働団体の「姉妹組織」は計13あるが、調べてみるといくつもそういう事例がトルコにある。ならば、そうした争議を具体的に検証し、私たちが個々に対策する以上に横の連携を国際的に強化する形を模索する議論を実務担当者レベルでやってみようと提案すると好評であり、準備期間が短かったにもかかわらず、ほぼ全ての姉妹組織が集まることになった。 直前になって、開催の形式を問う声が高いところから出たが、「良いことをしているのだから良いでしょう」という複数の声にかき消された。トルコの官僚主義を批判する前に、私たちの組織の官僚主義(社交クラブとも言われる)にメスを入れなくてはならない。グローバル化の時代に国際労働運動は、ケーキの糖衣ではないとトップリーダーたちは訴えるが、果たして足腰は鍛えてあるのか。身ごなしは軽いのか。 ところで、トルコの組合運動を長年地域から支援しているドイツのグループがある。移民労働者として多くのトルコ系住民を抱えるドイツだからこそ、こういうネットワークも発展したのだろう。メーデーに毎年代表団を送るのだが、私たちの集まりを聞き付け、数名を参加させてほしいと言われた。責任者のSさんは私も知っている人物で、T労組の支援では親しい間柄だ。しかし、13姉妹組織とは直接関係ない団体の人たちでもある。どうする。結局、オブ参加という形を取った。これは、私のうちなる官僚主義との闘いであった。こういう幅広い連帯運動を創っていく過程では、これからも問われることである。自分自身もまた篩(ふるい)にかけられるのだ。 会議に集まった姉妹組織の顔ぶれを見ると「次世代組」が多い。こういう人たちとの仲間作りを通じて、新しい時代が切り拓けるか。トルコの労働運動を云々言う前に問われていることだ。会議後、例外的なロートル組だったF労連のO書記長が、トルコの蒸留酒・ラクを奢(おご)ってくれ、こう言ってくれた。「形を気にしない議論が良かった。方向性も見えてきた。私たちは、未来への種まきをしたかも知れないね」。 メーデーの日。デモの先頭でシュプレヒコールを絶やさなかったテケルの仲間たちは、会場の中央最前部に場所を確保された。入場すると歓声が挙がる。テケルの大闘争もまた、たくさんの種をまいた。それをどう育てていくか。壇上からカメラを観衆に向けると、その表情がまるで昨年と違うのだ。生き生きしている。 私は、撮った写真のアーカイブに、<テケルメーデー、タクシム広場にて>と命名した。 |
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