東西南北
東急退職者の会が創立35周年を祝う
11月7日 寿太鼓などで盛り上げ


 
 東急退職者の会は2010年11月7日(日)、東京・渋谷の東急労働会館で、創立35周年記念祝賀会を開いた。会員、来賓、招待者など110名を超える参加で、3階ホールもほぼ満席。石川信夫会長の主催者挨拶(別項)のほか、私鉄高退協・井田隆重会長が、祝いの挨拶をした。東急電鉄、バス労組代表の祝辞のほか、電鉄政務室人事部長もかけつけ、祝辞を述べた。
 式典の後、厚川顧問の乾杯に続いて2時間にわたるアトラクションに入り、田邊一鶴門下の井内内鶴さんの講談、岩田百郎さん(國學院大職員)のアコーデオン伴奏による昭和演歌の合唱、MAHAによるベリーダンスショーと続いた。
 圧巻は、会員の中田さんが所属する60歳以上のアマチュアによる川崎『壽和太鼓』社中の演奏。約30分にわたり、15人のサークル員が息のあった演奏を轟かせた。
 東急退職者の会は、昭和51年11月に結成、私鉄高退協の設立(昭和57年9月)にも参加した。現在750名が在籍している(年会費2600円)。春秋2回の一泊バス旅行にはバス3台を連ねての温泉巡りが人気。文化講演会も毎年、時事問題・福祉問題・健康問題を中心に、講師を招いている。
 悩みは、新規会員が減少の傾向にあること。定年・雇用延長により、参加者年齢が遅れていることが理由にあげられる。会員死亡時には、花輪と香典を供えている(約2万5千円超)。

 石川信夫会長の挨拶(要旨)

 東急退職者の会35周年記念祝賀会に、会員・来賓の方々を含め112名の参加を得て盛大に開催できましたことを、心からお慶び致します。
 今年は例年にない長い長い猛暑に見舞われ、年を重ねた私たちにとっては自分の健康を維持することが精一杯であったと思います。しかしこうした異常気象にもかかわらず、皆さんは立派に乗り越え、こうして昔懐かしい仲間が一堂に会して祝賀会を開催できましたことは、誠に喜ばしいことであります。
 当退職者の会は、昭和51(1978)年11月に呱々の声を上げました。この頃は、総評を中心とした春闘はまさに最も高揚した時代でありました。その中で私鉄総連は春闘相場づくりの役割を担い、私たち東急労組の果たした役割も大きなものがありました。
 49年春闘では、前年秋に起こった第一次オイルショックにより、戦後の混乱期を除いて初めての猛烈なインフレーションに見舞われました。そのために春闘もいやが上にも盛り上がりを見せ、陸・海・空の交通機関のゼネスト体勢をもつにいたり、平均値で2万7500円という金額を獲得しました。時の内閣は田中内閣でありました。
 昭和50年前後の時代は、総評労働運動の高揚期でもありましたので、私たちの組合もいくつかの目標を立て、運動を展開しました。
@定年制の、60歳までの延長(当時は57歳定年)。私鉄大手に中で、いち早く実現。A組合結成30周年事業の一環として、労働会館の建設。B東急グループの飛躍的な発展に伴う、東急グループ労協の結成(ゆるやかな連絡会→本格的な協議会へ=昭和55年)。この時代に五島社長は、日商会頭に就任されたことも、特筆すべきことでしょう。C退職者の会の結成――などです。
 退職者の会結成は、「定年と同時に東急をさよならするのは、あまりにも寂しい」「本格的な高齢化社会を迎えて、定年後の人生を生き甲斐のあるものにするためどうするか」という気持ちが自然の成り行きとなり、当時は委員長をしておりましたが、先輩の方々とも相談をし、決断したわけです。会社全体の認知も必要でしたので、田中副社長にも話をし、「判った。五島社長にも相談をしよう」との快諾を得、51年11月7日の結成総会となった訳です(当時は定年¢゙職者の会としていましたが、その後定年≠削りました)。
発足当初は、20〜30名程度の退職者の会でしたが、組合員のご理解とご協力により、また田中副社長、大久保総務部長などのご協力により年々会員も増して、今日では一連番号によると2260名となっております。しかしその後、高齢により天に召された方や事情により退職された方々を差し引きますと、現在は751名となっています。
 定年後の再雇用などが重なり、入会者が少なくなりつつあるのは全国的な現象でもありますが、皆さんのお力添えにより是非、後輩の入会をお勧め頂きたいと思います。
 最近の活動状況は、正月の新年会、6月の総会、春・秋にはバスの一泊旅行を楽しんでいます。またその間に、文化講演会として、時事問題、福祉問題、健康管理などをテーマとして、著名な講師を選んで高齢者の生活にいささか寄与すべく、開催しております。このような集会を通じて、会の目的である友好と親睦を深めております。
 今日、高齢化社会の中で様々な問題が起きております。年金・医療・介護など、改善を必要とする福祉関係の諸問題のみならず、最近では「無縁社会」ということがいわれております。お年寄りの一人暮らしが増えていること、病気になっても、また不幸にして死亡しても、誰も看取る人がいない――といった問題が多発する傾向にあります。お互いに退職後は様々な生き方があると思いますが、地域に帰り、地域の人々と仲良く交流を深めることが大切であります。
 先般、10月5日の都庁の発表によりますと、都内の100歳以上の高齢者は3908人おりますが、そのうち113歳で都内最高齢とされる杉並区の女性を含む男女10名の所在が判らなくなっていた、とのことです。
 戦後65年をへて、ようやく人間の求むべき長生きができる社会を実現したことは、誠に素晴らしい社会でありますが、長生きしても「疎遠」になったり、老人が孤立した生活を余儀なくすることは、耐え難いことです。こうしたことを改善するためには、政治と行政のあり方に依存することが多いと思いますが、高齢者自らも親戚や友人を含めて、どのような日常生活を構築しなければならないか、ということを考えなければならないと思います。
 そのために私たちの退職者の会として、古い友人、そして仲間として、お互いに励まし合い、そして助け合いの気持ちを持って、生きていかなければならないと思います。
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