東西南北

「開放感」
2010 年 4 月 11 日

発信者:<ロンドン、ITF・浦田 誠>

  東京滞在は短かったが、何人かの関係者と話をする機会があり、総じて私は一種の「開放感」を感じた。
 民主党が政権に就いて以来、労働組合に対する政府の対応が変わっているのが、日本に住んでいない私にも実感できる。とりわけ具体的な二つの課題で、いま大きな前進が見られる。

 一つは、いわゆる<1047人問題>で、これは国鉄の分割・民営化に際して、国労などに所属して最後まで政府方針に反対の立場を貫き、JR移行後に再就職できなかった人たちの闘争。23年も前に起きた争議であり、その後幾度か政治的決着が模索されたが結論には至らず、もはや不可能とも思われていたが、いま解決に向けて最終局面に入った。うちの会議でも取り上げられてきた課題であり、何だかベルリンの壁が崩壊した時と似た感触である。

 もう一つは、<海コン安全問題>。海上コンテナを輸送するトラックの横転事故が国内で連続しているため、この改善を求めて、港湾の組合が民主党に議員立法を求めたのがその野党時代。担当したのは、前原誠司議員。当たり前のことだが、政権が変わり、国土交通大臣になったので、いまこの法案が国会に上程される運びに。これも大きな前進である。滞在中は、法律の早期実現を求める院内集会があったが、120人で会場が埋まり、盛況であった(写真)。

 日本では、今まで大きな政治の壁に阻まれて実現できなかったことが目の前で形となって行くのだから、「開放感」があるのだろう。社会党時代を含め、労働組合は戦後ほぼ一貫して<万年野党>とのお付き合いに終始してきた。だから、ある組合の委員長と食事をした時も、「反対ばかりだった意識をどう改めるか」が問われているという話になる。似たようなことを、保守党政権が長かったオーストラリアの組合から聞いたことがある。

 時は、1997年5月。当時の私は東京勤務であったが、出張でロンドンへ。ちょうど英総選挙の投票日と重なったので、友人宅で深夜まで開票動向をテレビで追った。それは労働党が圧勝して政権に返り咲いた瞬間で、これで悪夢のようなサッチャー時代に終止符が打てると多くの人たちが期待感を寄せた。しかしその「開放感」はすぐに失せた。ブレアのニューレーバー路線に私たちは裏切られる。一例を挙げれば、民営化後に補助金が増えたというナンセンスがまかり通る英国の鉄道・バス事業だが、これを再規制する動きは昨今、全くない。

 このような政治状況で、英国のレフト諸勢力は歩み寄るようになる。リバプールドッカーズの闘いを各派が支持したが、闘争団は最後まで分裂しなかった。英米軍のイラク侵略に反対して生まれた戦争反対連合も、各派が大同小異の基調をキープしており、英共産党も<多様性から一致する時代>などと言い出している。しかし、支持政党については意見が割れており、ニューレーバーに見切りをつけて新党を結成しようとする動きはこの間、限定的であった。

 5月6日には次回の総選挙が実施される。労働、保守の両党とも過半数がとれないという予測で、第三の政党、自由民主党の躍進が現実味を帯びてきた。最近の英国ではスト行為などをより厳しく規制する動きが顕著だ。その危機感が果たして労働界のバネとなり、労働党は政権に踏みとどまるのか。

 「開放感」とは、2006年にタイでクーデタが起きた際、うちの関係者の女性が使った表現で、物議を醸した。その年は、タクシン首相の不正疑惑でPAD(民主主義市民連合)の抗議行動が激化し、政権を副首相に譲る形で非難の矛先をかわそうとしたのだが、PADなどは納得するわけもなく、連日連夜の抗議が続き、最後はタクシン外遊中に軍部が動き、クーデタが起きたのだった。「開放感」を感じる彼女に、幾人かが「民主主義に反しないか」と強く訴えたが、「あなたはタイの社会がこの5年間どれだけ酷かったか、想像できないでしょう。多くのタイ人がクーデターを支持したのは、それ以外に出口がなかったからです。私は軍部支持派ではありませんが、タクシンよりましだと思います」と彼女は反論した。そのことを評論家のように指弾しても無意味だと私は思う。

 PADの指導者の一人は、鉄道労組の(前)委員長で、清廉潔白な人物だ。タクシンの汚職政治を憎悪して、精力的に反政府運動を展開し続けた。2008年には、タクシン派政権の退陣を求め、空港封鎖など実力行使を続けたことは記憶に新しい。
 しかし、最近は「赤組」タクシン派の巻き返しが激しく、この1ヶ月に渡るバンコクでの抗議行動は、非常事態宣言を招き、遂には死傷者を出す流血の事態となってしまった。彼女たちは、どのようにこの状況をとらえているのだろうか。

 それ以上に、鉄道労働組合は不当解雇撤回をいま闘っている。アピシット首相はいくらかのシンパシーを組合に寄せていたが、連立政権でタクシン派寝返り組の運輸大臣が強硬であった。また、組合はビルマの反体制派にも同情的だが、タイ政府は難民を領域内から一掃する方針だ。こうした事態に、もう一度政党との付き合い方を見直してほしいと私は思う。それだけではなく、<政治的解放>が果たす意味についても考えてほしい。それは、抑圧から人々を解き放つ最終的な手段ではないはずだから。

 南アのS氏から数週間前に一通のメールが届いた。彼は、パレスチナ人民を支持するため、イスラエルの製品をボイコットする運動をしている。曰く「かつての南アのように今のパレスチナに自由はなく、アパルトヘイトのようだ」。

 実はいま、この問題はイスラエルの組合の猛烈なロビー活動もあって、「反ボイコット、対話路線」が国際労働運動の中で敷かれつつある。その流れに猛然と逆らうように、サッカーのワールドカップ開催などで浮かれる市民や労働者に、「原点を忘れるな」とS氏は街頭行動でアピールしている。

 それは日本の私たちにも通じる教訓である。「開放感」を感じるベースとして、そこにどんな痛みや怒りがあったのか。その初心を忘れてしまうと、もう政治的に振舞う人間にしかならないか。タイではないが、「開放感」の心地よさに足元をすくわれる危険性は日本でもいくらだってあるはずだ。
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