| 市町村合併の裏方役で全力疾走 好きな俳句やゴルフもご無沙汰 東京地下鉄OB 遠藤 為个 (7月上旬 電話) |
2009年9月で78歳になる。幸いなことに、相変わらず無病息災。カミサンは、ふしぶしが痛いと医者通いしながらも、社会福祉協議会のボランティアをいまだに続けている。 以前、『未来へのメッセ−ジU』に近況を書いたが、朝食を一緒に食べた後はお互いに自由行動――ノー・コントロールの日々がまだ、続いている。変わったことと言えば、姪が入居者となり、彼女にパソコンを占領されたことくらい? 居住地の栗橋町(人口:28,000)が、久喜市(72,000)・鷲宮町(37.000)・菖蒲町(21,000)と町村合併に動き出したのが2年ほど前。その1年ほど前から、地区の区長を仰せつかり、地域諸々の世話役をしていたが、合併話と相前後して、栗橋町43地区の区長が集まっての、区長会の議長も頼まれた。 町村合併の動きが本格化に向かった2年ほど前、市町合併協議会委員に推され、おまけに細部の詰めを相談する小委員会のメンバーにも入ることになり、副委員長を務める羽目となった。これが、多忙の始まりだった。 小委員会は、合併時の姿を描くのが主要任務。新市長、教育庁、市議会員などの定数や報酬、行政担当者(職員)の賃金、水道料金や保育料等の設定など、近隣市町村との兼ね合いやこれまでの各市町村の実績を勘案しながら、新たな体系を作ることまでの細かな作業を扱った。国民健康保険の取扱いは、保険税の税率等については、現在の市町の税率のままとし、合併後2年以内に再編することにした。 この2年間、全力疾走だった。好きな俳句や民謡にも手つかずの毎日が続き、ゴルフクラブも握る暇がなかった。最近(5月下旬)、来年3月22日合併――が確認・調印まで漕ぎ着き、ホッとしているところ。 現役時代、全交運の解散にも立ち会ったが、職員の再就職や財産の分割など、細かな作業に汗を流したことが思い出される。JR総連の松崎委員長とも、雇用問題では意見が合った。彼は、組合員の雇用を最優先し、当局側とも妥協を厭(いと)わなかった。 営団OBとは、隔月で一杯やる機会もあるが、現役時代にお付き合いした人々の動向は、関心事の一つでもある。 私鉄シニアネットが、そうした役割を担って欲しい。 Topへ |